盈虚

ツイッターcustard__c

しかもサークルの後輩らしい(2020年10月16日)

 でっかいモデルハウスが知らない間に更地になっていて、黙ってひしめきあう砂利を見下ろしながら、ざまあみろよとペダルを踏みこんだ。大袈裟なものほどすぐに終わってしまうこともわからないのだろうか。顔にあたる深夜の湿った風がぬるくて気持ち悪い。目の前で、ねじが緩んでがたがた揺れる自転車の籠に、どこからか飛んできた枯れた葉っぱがすべりこんでくる。邪魔だな、と思うけれど片手を伸ばしてわざわざ逃がしてやるのが面倒でそのままにしておいた。真っ暗な歩道の脇に一軒のコンビニがうるさいくらい光を放って建っている。財布の中身を思い出しながら、のっぽな灰皿みたいなやつの横に自転車を停めた。飲料とちょっとしたアイスクリームくらいなら買えるだろう。こんな時間に盗る人もいないだろうから施錠はしないでおいた。深夜のコンビニ前は空気が白くぼうっとしていてどこか神聖に思われた。コンビニなのに。自動ドアにぶつかりかけて、自分が早足だったことに気づいた。急ぐことなんかなんにもないのに。

 よく考えたら別に食べたいものなんかなかった。光に吸い寄せられて入店してなんにもそそるものがないなんて、やっていることは羽虫と一緒だ。はやく死ななければ。でもこういうぱっとしない人間ほど長生きしたりする。そういうふうになっている。店内をうろついていると忘れていた眠気がどっと襲ってきて、立ち眩みのような感覚に数秒、立ち止まった。頭上からの蛍光灯の光が刺すように痛い。近づきすぎたのかもしれない、いや、何に。目の前に並んでいたてきとうなペットボトルの飲料を掴み、薄目でレジに向かう。早足になっている。お菓子の棚とかに突進してしまったらどうしよう。無人のレジの前でぼうっと突っ立っていると、客の存在に気づいた女性の店員が駆け寄ってくる。少々お待ち下さい。高い、同年代くらいの声だ。黒いエプロン。コンビニ店員のエプロンが黒ってどうなんだ。アルバイトだろうか、ややたどたどしい手つきで彼女がペットボトルを手に取る。こちらの一点ですね、袋はいりますか。黙って首を横に振る。目を瞑っていたけれど、帰ってくるはずのレジスターの打鍵音が聴こえてこなかったから、まじめに目を開けた。すると目が合った。黒い大きな目がためらいがちに、何か言いたそうにこちらを見ている。ばらばらの前髪、極度のなで肩、黒縁の眼鏡。高い声。

「……先輩じゃないですか」

「あ……」

 指摘すると焦ったように下を向く。返事もない。彼女にはこういう天然で人を苛つかせるところがある。そういうのがいいんだ、と同期の濱本が言っていた気がするが、どこがいいのか分かったものではない。弱気な女性が好きなだけなのではないのか。とにかくそのいけすかない先輩に、なるべく怖く聴こえないように声を掛ける。「俺いますごく眠いので、早く会計をしてくれませんか」

 慌てて何度も頷き、ぎこちない動きで業務を再開する彼女をなるべく見ないようにして、片手に持ったスマートフォンの画面を注視する。あの、すみません、とか細い声が聴こえる。お会計間違えちゃったので、もう少し待って下さいませんか。いいですよ。ごゆっくり。タイムラインを更新する。濱本のツイートが目に入る。彼の文体はいつも下品だ。カタカタと不規則な機械の操作音と、先輩の緊張を前から痛いほど感じる。下がって来る瞼をこじ開ける。青木先輩、一回生の誰かを狙ってるって!マジで!